やりたいことをやるだけさ

育児、コーチング、自己啓発、アドセンス、やりたいことをやるだけさ

プレゼン力をつければ未来は開ける

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iPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥博士とMITメディアラボの日本人所長の伊藤穰一氏の対談本。

 

中身はあまりなく、プレゼンで道が開けたよだからプレゼン力つけようねっていう話。

 

プレゼンする時はレーザーポインタはピタッと止めようね。

 

アメリカの弁護士ジョースミスの手を拭くのに紙タオル何枚必要かっていうTEDトークの例を挙げ、プレゼンが行動パターンを変えていく力になるよ。

 

ミーガンワシントンの吃音のエピソードではメッセージをクリアに伝える、自分の経験を飾らずに話す、ことの大切さをつたえる。

 

スライドでプレゼンするなら文字ばかり入れず写真動画を入れよう。

 

非常に当たり前のことです、文字だけで何かを表そうとしてブログを書いている私とは真逆ですね、やっぱり時代は動画なんでしょうね〜

 

あなたが伝えたいクリアなメッセージを体験のフィルターを通じて写真や動画で伝えることが未来を作る

 

この本で言いたいことはこれだけですが非常に難しいことであります。

 

毎日動画を作っているYouTuberってすごいエネルギーですよね、毎日伝えたいことあるんだもんね〜ってそんなに肩肘張らなくても良いんですかね。でも、どうでも良い動画なんてみんな見ないよね。

 

どうすれば自分の中からメッセージが出てくるのか、そこが一番大切なことなんじゃろうね。で、ブログの役割ですが、自分が伝えたいことを結晶化するためには日々の自分の経験をブログで書いていくのが一番良いのではないかと思う。

 

そうして、なんとなく毎日書いてきたことが溜まっていくと、どうやら自分はこんなことがいつも言いたいことなんだなって気づく。

 

そうしたら、それをテーマにしていろんな本を読んだりそのテーマに関連づいた経験を改めて思い出したり実際にやってみたりする。

 

そのときに写真をとり、動画も撮ってみる。

 

すると、メッセージが伝わりやすくなる。

 

山中教授や伊藤所長のような知の巨人(自分が大学生の頃の知の巨人はもう少しイカめしい、話しかけ難い顔をしていたが今の知の巨人は柔和なんですね。)には伝えたいことが毎日泉のように溢れてくるのでしょうが、市井の人にはそんな泉があるわけでもなく、淡々とした日常がある。

 

でも、そんな日常でもあなたというフィルターを通せば必ず一つくらいメッセージが出てくるよ、トライアンドエラーして行こう、っていうメッセージがこの本から出ている気がします。

サホロスキー場3回目

間に挟まる平日なんて有給にしちゃえばいいのだ。

 

そうして休みにした2月10日にサホロスキー場に3回目の滑走をしに行く。

 

風が強い。

 

奥様も帯同するもスキーはしないとのこと、ロッヂでのんびりしてもらう、サホロWiFiでwebサーフィン。

 

とても風が強い

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ご覧いただいてもわからないか。風速10メートルはある、地吹雪がすごい。このまま帰ろうかとも思うがひとまず握ったおにぎりを食べる。

 

吹雪いている間はお父さんだけリフトに乗って滑ってきた。

 

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風がない。

 

気持ちよく滑っていたらもと来たリフトとは違う場所に滑っていってしまった。ロッヂに戻るのに歩いて20分かかった…

 

それからは晴れになって風もやみ、子どもとそり滑り、そしてまたスキーをやりました。

初めてのリフトにのりご満悦のぼっちゃん。普通のリフトではなく、ロープにつながった凸を股に挟み引っ張られる感じのリフト。凸を股に挟んみながら中腰になりながら左膝の頭に子供の尻を乗せながら登るので結構きついけど楽しい。

 

子どももリフトが気に入ったようで何回ものりました。これが無料なのでとても良い。大人がちゃんと滑れれば子どもと一者にのれるのでオススメです。

 

おかげで疲れ果て、今日も晩飯はインデアンカレー象印横綱炊飯器を試すことはできなかった…

ファミレスの坦々麺に旨さを求めるのははじめからおかしいのだ

今日は作る気も失せるくらい疲れたので某ファミレスでご飯を食べることにした。

 

こどもはキッスプレートそして私は坦々麺に。

 

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なんか前も食べたような気がする、それでもうしばらくはいいかな、なんて思ってたんですが、子供が来たいというのでまあ、仕方ないかな近いし、っていう感じ。

 

子どもはキッズプレートをうまそうに食べる。

 

しかし私の坦々麺は、麺がかなり汁を吸っている状態でテーブルに来ました。

 

坦々麺のスープで麺を茹でてる感じのスープのドロドロさ、いい意味で濃厚とは言い難い感じのドロつき。それでもぺろっと食べます、ペロちゃんです。

 

ペロのおしごと

ペロのおしごと

 

 

この前来た時も坦々麺頼んだけど、やっぱり麺が伸びてる状態で来た!思い出した。

 

どうしてくれよう、これで750円するんだから!なか卯行ってタンタンうどんにすればよかた。

 

でもこどもは美味しそうにうどんを召し上がってます。

 

こどもだけならJAFの優待で安く食べれるからいいんだけどファミレスってドリンクバーやらなんやらつけてったらいつのまにかお金が当初予定していた金額よりも上回るんですよ。そのやり口が気に入らない。

 

初めからこの値段ですって決めてくれやと思う、オプションがメインを上回ることになってる感ないです?

 

ですから、基本的にはきたくないんですけどね…これで、ムムウって気持ちになって家帰るときに隕石落ちてきたらどうする?

 

ああこれが最後の食事だったなんて考えたらやっぱり嫌だなあと。

 

ファミレスに旨さを求めてはいけないのはわかっているものの、やっぱりもう少しおいしいもの食べたいなと思い、明日のおうちご飯を楽しみにするわけであります。明日には象印横綱炊飯器が届くのであります。

 

 

幼稚園のソリ大会。ワークマンは獄寒の地でも暖かいか?

昨年末に札幌のワークマンをハシゴしてワークマンの最強防寒具を買い揃えました。 

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イージス360のジャンパー1着とイージスのつなぎとケベックNEOを買いました。

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そして明日、幼稚園のイベントでチューブ滑りというものがあり、その準備でゴルフコースに行きました。

 

気温がこんな感じなんですね。

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ここら辺に住んでる人は今の時期、気温のことを話すのに

 

昨日は19度あったでしょ、

とかいうんです。

マイナスをつけないでいうからどこの天気の話ししてんだわからなくなる。

 

そういう気温のところで果たしてワークマンが機能するかという話。

 

家の中でつなぎをコタツの中に入れて温めた状態から着ます。

 

Tシャツ、長袖のTシャツ、薄いセーターを着ます。そしてつなぎを着ます。

 

その時は当然暖かいですね。

 

しかしマイナス20度の外に出た途端。

 

レイキが体の中に((((;゚Д゚)))))))

 

一気に暖かさは吸い取られる。

 

すぐ車に乗り込み現地に出発。

 

車の中は暖かいのですぐに回復。

 

現地も山の中なので当然マイナス20度前後。

一気に寒くなります。

 

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雪でなんの足跡もない原野のようなところをひたすら歩き道を作ります。

 

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もともとある傾斜を利用してみんなで踏み固めます。ここが滑り台になるわけです。

 

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みんなで滑り、滑らかにします。

 

滑り、登り、滑り、登りが果てしなく続く。

 

そうすれば当然体は暖かくなる。

 

他のみんなはスキーウェアを着ている、スキーウェアは当たり前だがワークマンよりも分厚く、あったかい。獄寒の地ではスキーウエアは当たり前に持っていなければならない。

 

けどワークマンもそこそこいける、寒さはそこまで逃げない気がしてきた。けど、スキーウェアにはかなわないな。

 

一方でケベックNEOは凄い。

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足先が全く冷たくならない。

ポカポカ、足湯に浸かってる感じくらいあったかい。

 

ただそれも歩いたり動いたりしてるから。

黙って立っているような駐車場警備の仕事とか交通整理とかだと厳しいのかもしれないなあ。

 

汗まみれになって山造り終了。

最後はみんなで滑りました。

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そして今日が本番。たくさんの子供が喜んでくれるといいな。

 

 

 

読みたいブログ・書きたいブログ

ブログのうまい書き方、読まれるブログとは何か、みたいなことを考えていると

大抵は田中泰延さんの「読みたいことを、書けばいい。」という本に出会う。

読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術

読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術

 

 この本を推薦するつもりも批判するつもりも無い、買ってないから。

 

ただ、この本の題名どおりこの本の主張が「読みたいことを書けばいいんだ」と言うものなら、これは難しいことだなあと思ったのだ。

過去にも記事にしています。 

blog.naruzawan.net

 買ってないんだけれど、去年は批判してますね。。。

 

読みたいことと、書きたいこととの間には何があるのか

 

まず、書きたいことで読みたいこと、読みたいことで書きたいこと、これが田中さんの本の主張だ。まあそうでしょう。

 

じゃあ、書きたいことで読みたくないことってなんだろう。

 

例えば誰かの悪口とかかね?書き殴ってやりたいよね、あいつのこととかあの野郎のこととか。しょうもないやつはごまんといるからね。

 

でも、そんなこと書いても誰も読みたくない。気分が悪くなるだけでしょ。

だから、書きたいけど読みたくないってことはあまり書かない方がいいよね。

 

それでもさ、気持ちのやりどころがない人は大いに書くべきだとも思うわけ。

 

だってこのブログっていう場所は自由なんだから。自由なんですよ。

 

読みたくないけど書きたい、っていうのはどういうことかね?

 

ブログで稼ぐために別に興味はないけどアフィリエイトの商品を宣伝するために書くっていうことかね?

書きたいっていう初期衝動は大切にしたい、金儲けたいって言う欲望で動けるのは羨ましい。

 

自分はあまりそっちの方向は向いてない。

 

書きたくないことで読みたいこと、読みたいけど書きたくないことってあるのかね?

 

書きたくないってのが、自分の力量が書けるレベルじゃないから書きたくないっていうことなのか、自分の倫理観に反するから書きたくないのか、書きたくないっていうことばの中には、いろいろ背景があるのだと思う。その背景を自分で探ってみる、どうしてかけない?

 

自分に力があれば書きたいんだけれど…と思っているなら、今すぐに書き始めるべきだ。書かないとレベルが上がらないから。

 

レベルっていうのは知識量でもいいし、文章力でもいいのだ。

 

そして後から振り返ってみて、初期の自分の勇気を称えればいい、あのとき始めたから今の自分があったんだと。

 

そしてブログにはリライトといういい装置がある。どんどんリライトしてレベルが上がったことを確認できるんだ。

 

読みたい、から書き始めてもいいし、書きたい、から書き始めてもいい。ブログは自由なんだ。

 

 

良寛のように生きたい

良寛は江戸時代後期の禅僧で歌人

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禅僧として岡山玉島の円通寺で修行をした後諸国を行脚する。

 

その後故郷の越後で清閑で枯淡な生涯を終えた。

 

漢詩や書道にも優れ、その和歌は万葉に学び万葉を出たものと称される。

 

霞立つ 
ながき春日を
こどもらと
てまりつきつつ
今日もくらしつ

 

なんて良い歌でしょうか
清閑で枯淡な生涯っていうのが雅ですね。
そういう暮らしをしたいですね。
 
小さなお寺をつくってみたい。
 
そこで座禅を組んで坐っていると、暖かい日差しが閉じたまぶたを朱く照らす。ありがたいなあと、ただ坐っていられることへ感謝の念が湧いてくる。
 
そこに集まる子供たちと一緒にあそび、話をして子供たちの可能性を照らしてあげる。
 
なやんでいるひとがいれば、話を聞き、お釈迦様の言葉を教え、目の前の道を照らしてあげる。
 
そんなひとになりたい。
 
 

ES添削できない転職エージェントなんて…

今日はES添削を請け負った

 

まあ、ズタボロのESを持ってくるんで、何から指摘したらいいかわかんないくらい。

英語を頑張ったとある、TOEICそれが何か?という感じ、分析力があると書いておきながらあまり分析力を感じられない内容。

 

それを目の当たりにして周りのエージェントはやる気をなくす。

 

自分の軸がない、言葉が支離滅裂、日本語としてどうか。そんな言葉を漏らす。

 

もちろん本人は目の前にはいない、本人は帰った後でそうエージェントが漏らす。でもさ、せっかく相談しにきてるんだからそんな考えを持たなくてもいいんじゃないかと思うわけで。

 

いろいろ書いてはいるんです、でも支離滅裂なのはすぐに治せるんだ、きちんと本人のことに関心を持ってさ、自分軸は必ずあるって信じて関わらないとさ、初めからこの子は軸がないって思って関わられればその子に軸は見えてこないよね。

 

自分軸を見つけるヒントを探すのがエージェントの仕事なんだからさ。

 

言葉の中にあるその人しか持ってない経験を見出すんだよ、ありきたりの言葉しか使ってないならその言葉ではない別の言葉を使ってその人の世界を外から照らしてあげるんだよ、そうすれば本人は、ああ、そういう見方もあるんだと、自分の中の世界がひらけてくるんだよ。

 

そんなこともわかってないで10年もあんたら仕事してんのか、と喝を入れてやりたくなった。

 

10年も同じ仕事してたら甘くなるよね、自分に。コーチは自らもコーチングを受け、普段に努力するんです。

 

僕はこのエージェント、カウンセラーたちのようにはならず、常に目の前の人の可能性を信じて、勇気づけの扉を開けてあげるんだ。

 

子供に対してもおなじ、可能性を信じ切るのだよ。コーチってのはそれが使命なのさ。

 

と息巻くコーチなのであった。

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