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AMラジオの終焉に対して思うこと

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AMラジオがFMラジオのワイドFMに一本化されていく流れがあるようです

2028年までにAMラジオ局がAM放送をやめてFM放送に乗り換えられるよう、制度を変えてほしいと日本民間放送連盟(民放連)が3月末に総務省に要望した。23年にも一部地域でAMを試験的に停波したい考えで、コストの少ないFMに注力するねらいがある。 朝日新聞より
コストがかかるんでしょね、コミュニティFMなんかもまだ盛んに新規に放送局が作られてたりするんだからFM放送の方がコストがかからないんでしょうね。

ラジオも広告料で運営されているから、ラジオに広告入れるんだったらネット広告に注力する方が会社としてもいいんだろうから、ラジオ局の収入が減る

それで送信のコストは高いんだからやっていけなくなるよね。

たしかに、送信する側の事情を考えるとやむを得ない流れなのかなと思ってしまう。

いっぽうで

AMラジオが好きな人の心の中には、深夜にAMラジオでしか流せないような密室的なノリっていうものを感じていたい気持ちが存在していると思う。私もそう。

そして、昼間のラジオの庶民的な、そばにいて喋ってくれているような感覚。
そういうものが好きなんじゃないかと。

そしてさらに、AMラジオが流れている場所の記憶、私なら小さい頃住んでいた所にある床屋とかとなりの駄菓子屋でAMラジオがかかっていて、土曜日学校が終わって床屋に行ったりした時にラジオを聴きながら髪を切ってもらった記憶とかがあって、そういう場所の記憶って日本人の文化として根強く残ってるんじゃないかって思う。FMがかかっているところはおしゃれな場所だっていう意識も自分の中に根付いている。

今はそんな意識持っている人は少ないんだろうなあ。

送信コストを減らしてコンテンツを充実させる方が良いことのように思うし、AMラジオが好きな人は周波数としてのAM波が好きなわけではなく、AMラジオが持つ文化が好きなんだから、コンテンツが変わらないならFMになってもいいでしょということはまあ大方の意見なんでしょう

でもね

私はまだこのラジオでAMラジオを聞きながらこの文を書いている。
IMG_6026

わたしは周波数としてのAMが好きなんです。

わたしはAMの音質が好きなんです。

これは極めて少数派の意見なんでしょう。

ラジコやワイドFMのクリアな音質でAMを聞くと、同じ番組だけどものすごく違和感を感じるんです。

夜に、日本の遠くで流れている放送を、ラジオのダイヤルを回しながら、ラジオ本体をいろんな場所に動かしながら、受信するのが楽しかったんです。弱い波を受信した時の音が好きだったんです。

それができなくなるのはとても悲しい

AMラジオがなくなるのは、自分の中にあった場所の記憶や、自分の文化の記憶がなくなることに等しい。

もう、こうなったら、普通に録音した音声をAMラジオの音質に変換してリアルタイムでネット配信できるアプリを作ろう。

お読みくださりありがとうございました。

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