コーチングの講義を受けていると、よく言われるのが
クライアントの話を聞いていて
「そうそうわかるわかるー」
っていうのは共感と違う
っていうこと。
「そうそう私もそう、わかるわかるー」って言って、相手の状況に引きずり込まれるのは
同一化してしまう
ってことのようです。
一方で、共感っていうのは
相手の目線で見よう、相手が感じるように感じようとすること
のようです。
カウンセリングや、コーチングの場面で同一化してしまうことはよろしくない
相手の持つ問題状況を俯瞰して相手に気付かせることがカウンセリングやコーチングの
重要なファクターであるから、同一化してしまうと問題状況を抜け出せずに
一緒にアワアワともがくだけになる。
では、同一化するときのワードである
「わかるわかるー」っていう言葉は使っちゃいけないのか
コーチ・カウンセラーが「わかるわかるー」って言って
無自覚に、問題状況に没入していることは問題ですが
このワードは同一化する危険性をはらんでいると意識したうえで
あえて「わかるわかるー」と使う
相手にとってみれば
「わかるわかるー」は
共感してもらえているというサインを示されているのだから
それを分かった上で同一化ワードを使いつつ、共感的な態度で相手に寄り添う
だってね、「ちょっと、今あなたが見ているものをね、私も見たいからね、ちょっとね、感じてみたいからね」っていう態度を急に示されたら、ちょっと気味悪くないです?
論文などでも「分離的共感」「融合的共感」と使い分けて
カウンセリングの初めは融合的共感で行くけど
カウンセリング後半には分離的共感で行く
ということが書かれていました。
難しく言うと、そういうことなんですね。
はじめは、自分のことを分かってもらいたいっていう気持ちに同調するように感じ
そこで、一般的な「共感してもらっている」という気持ちから
「コーチは私のことを理解しようとしているんだ」という
「共感したい」というコーチのまなざしに共鳴してもらう
というレベルまで行けると、共感的に聞けているということになるのではないかと
共感は状態ではなく、過程であるというロジャースの言い方も非常に的確な表現だなあと
思うわけです。
理想かもしれないけれど、こういった共感できれば相手は変容するし、癒されていく。
これが、コーチングやカウンセリングで目指すべき共感の態度だと思うんですが、
これが文章で「共感される文章を目指しましょう」というと、何かものすごい違和感が生じてくるのです。
その件についてはまた。
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