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得体の知れない凄い人に憧れる

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またしても小津夜景さんの

いつかたこぶねになる日

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になるんですが

同じ北海道に生まれ育っていた人なのに

こんなにも感覚が違っていて

次元が違う人を知ると

自分の存在がチリのように感じます

こんなような文章があります。

そういえばむかし、絵を見ようとして、ふとしたはずみで、するっとその中に入ってしまったことがあった。ピカソの《ゲルニカ》を見た時だ。

ふとしたはずみでは普通の人はゲルニカの中に入らないんですよ。

 

こういう表現ができるところが次元の違いを感じさせます。

完全にこの人には追いつけない、たとえいくらはやく走っても、この人は普通の人とは全く違うところを悠然と歩いている感があります。

 

ですがこういう人になりたいと思うんです。

 

さらにこう続けています

いまも覚えているのは《ゲルニカ》の表面が羽根のようにやわらかく、無抵抗で、とても通り抜けやすかったことだ。

通り抜けやすいとかにくいとかいう表現をゲルニカに対してしている人を見たことがありません。

 

そういう人にすごく憧れるわけです。

得体の知れないものにお近づきになって自分の中に吸収してしまいたい欲求があるのです。

 

かつて働いていたところにもそういう人がいて、その人は物をワープさせることができる人で自分もテレポートできる人なんです。

 

風体はちゃんとした社会人なんですが、そんなことができる人もいる。

そういう人を見るとこの人は別の次元に生きてるんだなと羨ましく思うのです。

 

感受性というのはスピードなのかも知れないとふとかんがえる。

 

鋭敏で、かつのんびりしてると、その様子を細かく描写できるのだろうか、時間軸を歪められるほどに微細な変化を読み取れる感受性の高さ、妄想癖?その凄さに圧倒されます。

 

せっかちな自分には無理な話か

常人には真似できない物を先天的に持っている人が書く本をいくら真似しようにも到底追いつけないけれど、そういう凄さに触れて、己を異常であると触れ回る自分の矮小さにはたと気づくわけです。